日本マグロ白書
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マグロと日本人
コラム

マグロと一酸化炭素

今から10年程前には、まぐろの加工の際には一酸化炭素が用いられていました。 まぐろを一酸化炭素で処理をすると、見た目が赤々と新鮮に映るというメリットがあるためです。しかしこのような加工をまぐろに施した結果、鮪を食べて体を壊す例が出たため、1994年にはこの加工方法は禁止となりました。 しかし、この技術は世界中に伝わっていたため、現在でも一部の業者でこのような技術を利用しているという噂があることは確かです。

マグロと日本人

皆さんは、私たち日本人とマグロの歴史が、どれくらいの長さに及ぶかご存知ですか?ここでは、過去・現在・未来における日本人とまぐろの関係を紹介・考察して、この先私たちは、まぐろとどう付き合っていかなければならないのかを考えていきたいと思います。

マグロと日本人の歴史

マグロ漁の歴史

日本におけるマグロ漁の歴史は意外に古く、江戸時代には駿河湾沿岸ですでに漁が行われていたという文献が残っています。その後明治時代に入り、日本本土沿岸にマグロが近寄らなくなったため、より遠くでマグロ漁を行う必然性が出てきました。今で言うマグロ遠洋漁業です。これに伴い自然と船舶開発技術の向上に迫られ、マグロ漁船の大型化・効率化が図られました。こうした動向を経て1920年に、ディーゼルエンジンを搭載したマグロ漁船が登場しました。
その後昭和になり、マグロだけでなくカツオなど他の魚を一緒にとれるよう工夫された船も開発され、日本のマグロ漁は大きな隆盛を迎えました。この頃のマグロ漁は、遠洋漁業と言っても赤道付近までで精一杯でしたが、現在では地球上あらゆる海洋上でマグロ漁が行われています。

食文化としてのマグロの歴史

刺身

まぐろと日本人の歴史は非常に古く、縄文時代のゴミ捨て場である貝塚から、マグロのホネが発見されています。このことから、相当昔から私たちの祖先がまぐろを食べていたことがわかります。 鮪を本格的に食べ始めたのもマグロ漁とほぼ同時期(江戸時代)ですが、この頃には、日本沿岸でとれた鮪をそのままさばき、ヅケにして食べていたようです。現在でもこの名残が、江戸前寿司などには残っていますよね。 ただここで注目したいのが、鮪を食べ始めた江戸時代には、日本人がナマモノを食べる方法を開発していたということです。また現在では鮪と言えばトロですが、昭和前期までは赤身が高級品として珍重されていたようです。


現在のマグロと日本人

現在の私たち日本人の食生活において、鮪は欠かせない食材の1つですよね。これには、マグロ漁の技術革新が大きく影響を及ぼしています。先ほど、昭和初期までは赤身が重宝されていたと紹介しましたが、これは味の問題はもちろん、トロなどに用いられる部分がすぐに品質がわるくなることも関係しています。しかし1960年代から遠洋漁業、つまり冷凍保存の技術が進歩したことで、トロなどの部分もおいしく安全に食べることができるようになったのです。ある統計によると、日本人が平均してお寿司屋さんで鮪を食べる回数は、1週間~10日に1度のペースにまでのぼっているようです。食卓で刺身にして食べる回数も考えると、まぐろは日本人にとって一番身近な魚と言っても過言ではないでしょう。

マグロと日本人、台湾人、中国人

地図

まぐろは現在では、日本人だけの食材ではありません。1990年代には台湾で、2000年以降からは、中国でそれぞれまぐろブームが起き、現在では両国を中心にたいへんなまぐろブームが起きています。この10年ほどで鮪に対する需要が一気に高まったので、マグロの供給量が需要に追いつかなくなり、様々なマグロ問題を引き起こしているほどです。


これからのマグロと日本人

このサイト内の他のページでも何度か紹介している通り、今後の日本人を取り巻くマグロの状況は、決して明るいものではありません。世界中のマグロ需要の高まりを受けて価格が高騰し、私たちの口に簡単にまぐろが入らなくなる時代がすぐそこまで来ています。これ自体はたいへん残念なことですが、私たち日本人が最大のマグロ消費国である以上、天然資源の保全の立場からも、率先してなるべくまぐろを食べるのを控えなければならないのではないでしょうか?

現代マグロ漁

このカテゴリーでは、現代のマグロ漁について学んでいくことができます。

マグロの種類

マグロの種類や、地名のついている呼び名などを学ぶことができるカテゴリーです。

マグロを取り巻く問題

現在マグロの世界に起こっている様々な問題について、学ぶことができるカテゴリーです。

マグロにまつわるエトセトラ

このカテゴリーでは、実際の生活に役立つマグロの情報を、ご紹介しています。


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